時津風

明け方武田鉄矢の今朝の三枚おろしを聞いた。

初代時津風のエピソードだった。

昭和43年に亡くなった時津風理事長、はっきり覚えている。

時津風理事長が双葉山だったことを少年の頃知った。

テレビ時代になって優勝カップを渡す時津風理事長に注視していた。

そのエピソードを熱く語る武田鉄矢さん。

天覧試合の話などもおもしろかった。

双葉山定次 1912年2月9日 1968年12月16日

「活発なエネルギー」角川誕生日事典

亡くなったのが昭和43年、親父が亡くなった年だったのだ。

今知った。

その双葉山が「未だ木鶏にいたらず」について語り、彼は天覧試合の昭和天皇に説明をするときにも、昭和天皇を木鶏に感じたのではとも語っていた。

その話は初めて聞いたが、然りそうかもとも俺も共感した。

その時津風部屋の親方が退職処分されたというニュース。

優勝して大関になった正代の部屋だ。