初めての北京は1981年だった。
1か月住んだ。
北京の浅草という街、天橋に行った。
寄席や大道芸の街だった。
夢中で通った。
しかし当時の住まいからは1時間のバス。
バスも超満員。
バスに乗るのが大変な時代だった。
40年前だ。
しかしそこには戦前からの寄席芸人たちも活躍していた。
当時北京に住みたいと思った一番の理由は、天橋で寄席通いをし続けたいということだった。
その後、何回か北京に行き、天橋にも行ったが、街は変わっていた。
寄席は大劇場になっていた。
昔の郷愁は消えていた。
そして今、我が家である。
庭には蝉の声。庭は緑に覆われている。
俺は65インチのテレビで中国文芸を見ている。
中国の歌、漫才落語、京劇、小品。
一流の芸人たちの芸を見ることができる。
中国茶館のように、お茶を飲み、アイスクリームを食べ。
芸を堪能している。
コロナ下で中国の旅はできないが、中国芸能はたっぷり。
中国には行かなくてもいいのでは、との思いもある。
歩けないからだ。
食もホテルバイキング、中華も和食も点心もある。
旅をしなくてもいい。
これを老化というのではないだろうな。