湯川秀樹

 

湯川秀樹さんの映像を見た。

不思議な気持ちになった。

アインシュタインと会った時の映像。

そして湯川秀樹夫人スミさんが、アインシュタインと語った湯川秀樹の話をした。

少年の頃、湯川秀樹が日本最初のノーベル賞をもらったことを知った。

子ども心に凄い人だと思った。

京都大学という学校が胸に焼き付いた。

その後、湯川秀樹の兄さん貝塚茂樹さんや弟の小川環樹さんの講義をNHK講座で聞いた。内容は覚えていないが、その風貌は記憶している。

湯川秀樹さんが亡くなったのは1981年9月8日。

俺はその年8月まで中国北京に短期留学をした。

その時知り合った人が京都大学出身者だった。

たぶん彼と湯川秀樹京都大学の話をしただろうと思う。

その数年後、その学生と留学で知り合った女性が結婚した。

俺はその結婚式に呼ばれて、京都の都ホテルに行った。

彼の友人たちが「紅萌ゆる」三高逍遥歌を歌った。俺も舞台にあがり、京都大学OBの人たちと一緒に歌った。

俺も京都大学で学んだ心境になったことははっきり覚えている。

その奥さんは中国文学者になり本も数冊出しておられる。

「たけしのその時カメラはまわっていた」何気ない気持ちで見たのだが、

出会いの妙、不思議な気持ちになっている。