1940年7月2日生
「無意識の中で生きる予言者」角川誕生日辞典家
長春時代を思い出した。
彼女が生まれたであろう長春の病院を彼女が訪問していた映像もあった。
俺は縁があって、その病院の食堂に通った。
縁があってというのは、旧日本人街をよく歩いていて、偶然入った病院の食堂だった。
長春から帰って来てから12年経つ。長春に行ったら必ず行ってみたいのがその食堂だが、そこの女将さんは俺を覚えているだろうか。チョコレートのお土産をやったこともあった。浅丘ルリ子に心を惹かれたのは、「男はつらいよ」のリリーだった。
長春では「男はつらいよ」を聞きながら寝ていた。耳にしみこんでいる。
浅丘ルリ子のデビューの映画「ルリ子はるかに」を少年のころ見に行ったことははっきり覚えている。14歳でデビューした浅丘ルリ子、10歳違いの俺は、まさか4歳の時に見に行ったのではないだろう。鹿児島の映画館で見た記憶はあるので、昭和28年頃だったかもしれない。すると5歳、俺は2歳の時の記憶もあるので、そうだったかもしれない。
浅丘ルリ子81歳、俺は8歳違いだった。すると、6歳ぐらいだったのか。昭和29年だったかもしれない。