徳島散歩

 徳島県阿南市を散歩する鶴瓶さん、木村多江さんという人も、

今初めて知った。俺の世間に疎いこと。

阿南市を歩く姿、徳島の人たちとの出会い。不思議な気持ちで見ている。

俺は1971年に沖縄に飛び込んだ。もし素直に就職していれば徳島県鳴門市のはずだった。徳島県に行っていれば、また別の人生があったのだろう。

阿波踊りに夢中になったかもしれない。徳島には教え子がいた。父親はホテル経営者だったが、母親が宮崎にいた俺を訪ねてこられた。上司がその奥さんと料理長を宮崎市内の有名割烹に招待してくださった。半分俺が払うと言ったのだが、上司が全部おごってくださった。その後、奥さんは再度宮崎に来て、同じ割烹店でお返しに招待してくださった。経営している有名ホテルに遊びに来いといわれたが、行くことはなかった。

教え子が社長になっているのだろうか。30年前のことだった。淡路島には友人がいたが、淡路島は徳島県なのか兵庫県なのか。台湾で知り合った商社マン夫人だった。

人生の分かれ道はおもしろいものだ。右に行くか左に行くか。悩むことが多かった。

しかしまっすぐ沖縄に行き、台湾に行き、中国で終わった。1本道と言えば1本道だったが、他人には彷徨った人生に見えたかもしれない。俺は今から、テレビを彷徨いたいと思っている。歩けなくなった男のささやかな夢。

もし膝でもよくなったら1日で考えはかわるだろうが。