寝るまで旅番組
旅人間だったはずなのに、
今になってみれば、
同じ場所ばかり旅をした。
レストランでもそうだ。
一年に100回行く食堂は、いくつかある。
あちこち食べ歩きもすれば、
まだまだ見えなかったことも
見えたろうに。
生まれた地だった。
祖父母に会いたかった。
夏休み・冬休み、八代に行った。
大学時代東京で4年間、当時は新宿区高田馬場に住んだ。
新宿のデパートでバイトをした。
今になれば、小田急デパートは当時よく知っていた。
俺の毎日プールで歌う歌には、小田急が出てくる。
♪シネマみましょうか お茶のみましょうか
いっそ小田急で逃げえましょか
♪ふけゆく新宿 小田急の窓で 君が別れに投げるはな
♪東京行進曲と♪東京ブルースの一節だ。
東京では浅草にはよく行った。
定年後も数回東京の旅をした。
今度は吉祥寺ばかり。
学生時代の後半は沖縄旅が始まった。
その後は台湾、何度も何度も台湾旅。
今でもそうだ、博覧強記ではないのだ。
同じことしか知らない。
俺の最近の口癖は、「何も知らない。何もしらない」念仏のように自分につぶやいている。鹿児島でさえ何も知らない、川内も阿久根も出水も、鹿屋もしらない。
そこで膝痛で歩けなくなった。
悲しいのだ、テレビ旅を楽しんでいるだけの俺が、しかしテレビででも旅をしなければ、俺の小さな好奇心はひからびてしまう。
さて今から旅にでようか、鹿児島へ、中央駅へ、プールへ。