民謡で今日拝なびら

5月6日(木)旧暦3月25日寅の日

MCは島袋千恵美さんと前川守賢さん。

今日は8時からこの番組を見る。

7時から8時まで「組踊 手水の縁」を見た。1時間番組だった。

すこし疲れたが感動はした。

50年前NHKで初めて放送されたであろう「組踊執心鐘入」、あの時は意味はわからなかった。将来は沖縄舞踊を理解できるような生活をしようと思っていた時だったが、

50年の間に数回しか見た記憶がない。

1曲目は♪ひやみかち節、音声はない。MCが言うには、ラジコで音声を聞きながら見てくださいと言う。

今日はプールを休んだ、昼は中国ドラマ「ムーラン」を5時間ぐらい見た。

今、夢遊病のようにしている。思考力がない。どこに行く目的もなく、中国や沖縄の芸能にひたっている。疲れたら池江璃花子さんのことを思い出す。

彼女たちこそくたくたに練習しているだろうと。

何気なく見るYOUTUBEの映像、いつしか出演している二人と友達になっている気持だ。いつか沖縄の旅で、このことを語ることもあるだろう。

このあと上原直彦さんの「話半学」沖縄弁で語る沖縄の物語やできごと。

語る上原直彦さんも82歳だそうだ。俺は30代の彼の話を聞いていた。

梅雨入りを語る上原直彦さん、暑さも語る。

俺も50年前の今頃は那覇を歩き回っていたが、沖縄が暑かったという記憶より、

北京が暑くて辛かったことを思い出す。

沖縄では日影が心地よかった。

このあとこの番組は40分続くが、今日は書き込みはここまで。

俺もゆっくりぼんやりしたい。

琉球の至宝

にっぽんの芸能「組踊を楽しむ 組踊 手水の縁」

2015年7月10日放送

録画して、永久保存にしていたら、とうとう見ていなかった。

今日はこれを見たら消去する。

永久保存は永久に見ないという俺の性格、打破しなければ。

1970年頃、NHKで放送された「組踊 執心鐘入」が最初の出会いだった。

わからなかったが感動したことだけは覚えている。

華木蘭

50年前に台北峨媚街今日世界デパートの麒麟庁で見た京劇「花木蘭」、

筋は何もわからなかったが女性が父親の代わりに軍人になり活躍したというような内容だったのだろう。筋よりも演じる俳優に関心があった。

姜竹華という女優だった。年齢は俺と同じぐらいだった。

その京劇を見るために台湾に行くのが最初の頃の俺の旅だった。

その後、何度か「花木蘭」の京劇を見た。

ずっとストーリーは分からずじまい、今中国ドラマで「ムーラン」を見ているが、

これも木蘭伝説の一つだそうだ。

ずっとなぞなぞを抱えて生きて来た。

その謎を解くのが今の俺の学習目的でもある。

卓球の愛ちゃんの離婚問題、ニュースではいろいろな二人の間に起こったであろう問題が伝聞のように報道されているが、俺はこの問題は客家人の男性と日本人女性の習慣の違いにいつ誰かが切り込みをいれるのかと思いながらニュースを注視している。

客家人は中国人の中でも伝統的なひとたちなのだ。

そんなことやらあんなこと、今は隋の煬帝という皇帝のドラマや歴史上の彼の事績をしっかり知ってみたい。

そして俺が生きているうちに、福岡県みやま市瀬高本吉の清水寺最澄に付いて行った遣隋使について調べてみたい。母方の先祖ではないかと、聞いたことがあった。

俺の中国への関心は・・・・まさかそこに。

 

幻の超特急「アジア号」今はどこに?

満州を走った超特急SL。

10年前は大連にあったという西日本新聞記事を見た。

俺がアジア号に乗ったのは20年以上前だった。

瀋陽に仕事で行ったときに地元の人が案内してくれた。

運転席に乗ってみた。写真も写した。

動画ではYOUTUBEの映像を見た。

体験というのもいつでもできるわけではない。

その時は日本時代の瀋陽駅も見た。旧奉天駅。

その後、瀋陽のヤマトホテルに泊まった。

遼寧賓館というそのホテルは昔のまま。

李香蘭も泊まったという、宿泊客名簿が、ロビーにあった。

 

国吉源次さん死去

1930年6月10日~2021年5月4日

「笑いと涙の人」角川誕生日事典

宮古島民謡の第一人者。

民謡で今日拝なびら 5月5日

島袋千恵美さんが国吉源次さんが亡くなったことを報告された。

民謡で今日拝なびら 2015年9月30日を今聞いている。

MCは上原直彦さんと北島角子さん。

65インチ大画面では報道ステーションを今から画面だけ見る。

2015年5月4日放送を聞く

MC上原直彦・北島角子さん 6年前の5月4日、この日は元気で語っていた北島角子さんも鬼籍に・・・

うりずんの島

民謡で今日拝なびら 5月5日

今、8時50分。

今からこの番組を見る。

MCは島袋千恵美さんと仲宗根創さん。

沖縄奄美地方は梅雨入り。

今頃の時期を沖縄ではうりずんの頃という。

うんこドリル漢字帖などの話題から始まる。

毎夜毎夜、琉球放送ラジオ局の様子を見ながら、MCのゆんたくを聞いている。

50年前、1971年意気揚々と沖縄に行ったが挫折して鹿児島に帰ってきた。

その時、よく沖縄を偲んでいた。

沖縄で購入した沖縄民謡集のレコード、当時20ドルだった。

それを擦り切れるまで聞いていたのが、今では聞き覚えの蓄積になったようだ。

YOUTUBEの映像、いいものだ。

俺がスタジオを覗いているような気持になる。

MCの二人と、語らずとも、知り合いの心境。

70代をこうして過ごして行くのか。

台湾の有名な歌、雨夜花雨に咲く花、この歌も沖縄民謡になっている。

メロディは台湾民謡だが三味線の音色になれば沖縄民謡。

MCの二人も、まさか鹿児島で俺が毎夜見ているとは知らないだろう。

俺はシンガーソングライター?

だから、この情景を歌にできるのだ。

二人はなぜか今日はおならとか屁の話、うんこのはなしなどをしている。

子どもの日だからだろうか。

屁で思い出すのは、

二十歳のころ浅草のストリップ小屋で、

踊り子さんの背中に何か書けと言われて俺は背なかに書き込んだ。

しかしそれを書いたあとのストリップ小屋の白けたこと。

俺はすぐそこから出たくなった。

その言葉とは「屁をひっておかしくもない独り者」

MCの二人は屁の歌を歌っている。

今日は曲目のリスト紹介はなかったので、ここに書き込めなかった。