今度の東京旅は1分間スピーチが目的だった。
1分間は2部に別れていた。
1部は55年前の昭和42年。
2部はその50年後のこと。
55年前を語った。女優の名前を出した。
大学応援団に俺が入部して、神宮球場での野球大会に、
その女優さんが来て、俺が大興奮、大感動した話。
2部では、甥が女優さんと結婚して、妹が週刊誌の記事に
「昔で言えば、その女優さんが来たような気持ちです」と。
私はその女優さんの名前を妹が出したときに何とも言えない嬉しかったことを語った。
話し終わって、1人の男の人が俺の席にやって来て、君があの女優に夢中だったことを覚えているというのである。その時は55年前の時の応援団員だったどの人だったかはわからなかったが彼が小倉高校出身と言った時に。
すべてがつながった。
俺がこの1分間スピーチに元応援団員だったことを一言いれたのは、語れば誰かが彼の情報を教えてくれると思ったのだ。
まさかその当人と出逢うとは、最高のよろこびになった。
その女優はもちろんそこに居る人は全員知っている人だった。
名前を出せば、俺のスピーチがより分かりやすいだろうが、わざとここでは伏せている。
2部で出した女優は名前は言わなかった。スピーチ終了後、その女優の事は誰も質問しなかった。
それでかえってよかったと思った。
しかし1分間のスピーチで、55年前の同じ応援団員と出逢うとは、神様のサービスだったのだろう。
1分間スピーチにこだわっていたのが、ここにも早くから書き込んでいた。
昨日、今日と俺の思いは、その元応援団員の彼のことだった。
俺を覚えていた彼の記憶、俺が覚えていた彼への記憶。
一致したのだった。