台北のホテルで

1974年10月。

福岡でのサラリーマン生活をやめての台湾行きだった。

台北では定宿にしていた漢口街の白宮大旅社に泊まった。

長期滞在だったのでホテルを月ぎめにした。

そして台北の街に繰り出すのだが、外に出たくない日もあった。

そんな時は、ホテルのベッドに横たわって、台湾の流行歌を聞いた。

日本の歌謡曲、懐メロがたくさん流れていた。

日本に居るような気持ちにもなった。

それを今、朝6時台湾の歌手の歌をスマホで聞きながら、布団にいたのだが、

今、起き上がってここに書き込んでいる。

昨夜はテレサテンを聞いた。今朝は尤雅を聞いていたが、今別の歌手に替えた。

姚蘇蓉、一番逢いたい歌手である。

当時台北で歌謡ホールに通った。そこで彼女は歌っていたのだが、その時は彼女を知らなかった。

長春で生活をしたときCDで知ったのだが、彼女の歌に夢中になった。

今、それを聞いている。

1974年から翌年まで台湾を放浪していた。

今日は12月22日、台北の12月を思い出す。

あまり寒くはなかったが俺は中国服の綿入れをいつも来ていた。

そして京劇場には毎日のように通っていた。

当時40元、今のお金では320円だった。それでも安かったのだが、

俺は留学していたので学生証があった。

それを見せると20元、160円だった。

だからだったのだろう毎日通った。

その時、歌謡ホールは80元640円、だから歌謡ホールにはあまり通わなかった。

50年経った今、後悔しているのがもう少し歌謡ホールにも通えばよかっただが、

今、一番好きになった姚蘇蓉を聞いている。

テレビを吐ければYOUTUBEで当時の歌手たちも聞くことができる、

いつもは追われているようにテレビを見ながら録画した番組を消去しているのだが、今朝は6時になってもまだテレビはつけていない。

テレビをYOUTUBEで見て見たくなった。

1974年の台北を追憶してみよう。

俺は台北で26歳になったころだ。