母の命日

昨日、プールを終えて、帰って来る途中、

彼から電話があった。

「お母さんに花を持ってくる」と。

一瞬、なぜと思った。

彼が言う「明日は命日だろう」と。

ずっと明日は母の命日と、思ってはいたが、

電話を受け取ったときだけ、

一瞬忘れていた。

そして思った。

彼はこのブログを見たのだろうかと。

昨日、プールに行く前、明け方。

俺は高校同期会のDVDを見ていたのだ。

そこに彼も映っていた。

まだ40代の彼だ。ハンサムだった。

高倉健赤木圭一郎に憧れていた男だった。

道がわからないというので伊集院駅で待ち合わせ、

家に案内した。

立派な花だった。

彼に今朝見たDVDを見せた。

「久しぶり」という彼に、「今朝逢ったからね」と

こたえていた。

食事をして帰って行った。

運転をしてくれていた人は、

高校先輩の息子さんだった。

明日は熊本の病院に診察に行くとのことだった。

白髪になっていた。

23年ぶりに見る、自分の今より若い姿。

彼に見せてよかった。運転して来た人も、

驚いたかもしれない。

あらためて母の亡くなった年を確認した。

平成25年、2013年だ。

86歳で亡くなっている。

その時は、それなりに十分生きたと思ったが、

プールで毎日老人たちと接しているいま、

86歳はまだ早すぎたなと、

残念な想い。

花を届けてくれたのは、武憲君。

ありがとう、武憲君。